元ひきこもりのアウトプット日記

自分のの感情に正直になる。アウトプット用

団地の記憶

 僕は団地に長年住んでいた。約10年ぐらいだ。団地の老朽化、入居者の減少などで解体が決まった。それに合わせて僕は家族とともに家を引っ越した。

 

 団地は1年ほど誰も生活しておらず、放置されていたが、住宅街ができると決まった。今、ショベルカーで解体作業が続いている。

 

 僕は少し悲しい。古くて汚かったが、団地での思い出がたくさんある。団地の子供たち、年上年下、関係なく遊んだ。野球、サッカー、遊戯王、ぼっけん、鬼ごっこ、秘密基地ごっこ、雪が降った時は雪合戦雪だるまづくりいろいろした。時には遊びが熱を帯びて、喧嘩になったこともあった。喧嘩になったことも、楽しかった遊びも含めていい思い出だ。

 僕は引っ越してからも団地を懐かしくなったときは、フラーっと行って過去の思い出を楽しんでいた。団地が空き地になって、個人住宅街になってしまう。その間に見慣れていた僕の団地は僕の団地の記憶は薄れていくのだろう。住宅街になったことによって、僕の記憶が消えていくように感じてしまう、大げさだとわかっている。

 

 資本主義経済をとっているこの国で、モノやお金を回していかないと経済が回らないことを僕は理解している。団地だって高度経済成長のときにたくさんの人が入居し、団地コミュニティーができていた。時代が流れ、マンションが作られるようになった。団地で暮らしていた人の高齢化、若者はマンションへ流れた。

 需要がないから新しいものへ変える。団地から住宅街へと変え、経済をまわすため。 

 自分に対して「なんで団地なくなるんだよ?」「仕方ないだろ。僕の考え方、僕の顔つき、身長、体重が時間とともに変わってきたように建物だって変わっていくんだよ」と何度も自問自答してしまう。

 僕はただショベルカーが団地の建物を壊して空き地にする前に、団地の姿を目に焼き付けることしかできない。まだ団地の姿を目に焼き付けることができる。

 ありがとう団地。約10年間お世話になった。団地で過ごした時間がたつにつれて、記憶は少しずつ曖昧になってしまうかもしれない。忘れないように写真にも撮った。